
こんにちは。
墨絵師のべべ・ロッカです。
絵画や水墨画に興味がありますか?
いろんな作品を観るとワクワクしませんか?
今回は、
「有名画家」による「有名な水墨画作品」を紹介しようと思います。
有名作品には、有名になるだけの理由があります。
逆に、絵を鑑賞しても「イマイチ良さがわからないけど・・・」ということも普通にあり得ます。
全部、理解して好きになる必要などなし。
ですよね。
絵は、描いた人そのものを現します。

絵には「その人」が出るんだ
先人の作品は勉強になるし、楽しいし、世界が広がります。
絵を描いている人ならば何かのヒントになったり気付きがあるかもしれません。
今回、10人の作家を生まれの古い順で紹介しています。
年代にも注目してみてくださいね。
雪舟等楊(1420-1506)
雪村周継(1500頃-1589頃)
長谷川等伯(1539-1610)
狩野永徳(1543-1590)
俵屋宗達(1570前後-不明)
尾形光琳(1658-1716)
伊藤若冲(1716-1784)
曾我蕭白(1730-1781)
円山応挙(1733-1795)
長澤蘆雪(1754-1799)
良い出会いがあるとうれしいです。
中には、水墨画ではないな〜と思われる作品もありますが・・
名画ということで一緒に楽しんでください!
それではどうぞ!
目次
雪舟等楊(1420-1506)
雪舟等楊。
岡山県総社市出身。
室町時代の禅僧・画家。
明(中国)で本場の絵画を学び、独自の山水画を発展させ、後世の画家たちに大きな影響を与えた。
雪舟の有名作品「天橋立図」

・制作年:1501〜1506年頃
・サイズ:縦90.2cm×横169.5cm
・素材:紙本墨画淡彩
・所蔵:京都国立博物館(国宝)
・描いた時の雪舟の年齢:81歳〜86歳くらい
謎すぎる上空からのアングル
雪舟は明国から帰国したのち、九州へ滞在して作品をせっせと描いたり、東の方へ旅したり精力的に活動しました。
そのさらに後の晩年、80代で描いたと言われているのが、この「天橋立図」なのです。
私はこの記事を書くために一生懸命雪舟について調べているうちに、すごく親しみが湧いてきたんですね。
「すごいなあ、雪舟」
「頑張ってるなあ、雪舟」
って思うことが多くなっていってその最後を飾るのが、この作品。
人物画や細かい絵とはまたさらに違う難しさが、風景画にはあるんですよね。
歳をとってくると、当然体のあちこちが悪くなってきます。
手足、腰も痛くなるし目も悪くなる。
それをふまえて80代の雪舟が一体どうやってこんなスケールの大きな真景図※を描けたのか。(※実景を描いた絵)
神が降りてくると言った表現を聞くことがありますが、この時の雪舟はそうだったのかもしれません。
雪舟の国宝作品については、こちらの記事で詳しく紹介しています↓
雪村周継(生没年不明・室町時代)
雪村周継。
常陸国(茨城県)出身。
室町時代後期の絵師(禅僧)。
1500年頃生、1589年頃没。
雪村の名は雪舟に憧れていたかららしい。
戦国の世に独学で絵を習得した個性派で、室町初期より明らかに革新的な絵を描いた。
雪村の有名作品「呂洞賓図」

・制作年:不明
・サイズ:119.2×59.6cm
・素材:紙本墨画
・所蔵:大和文華館(重要文化財)
・描いた時の雪村の年齢:不明
呂洞賓ですよ・・・
水墨画でお馴染み中国の仙人ですよ・・
この絵には、登場人物が何人いるか。
1人プラス龍が1頭、いや2頭?
いや。
龍は4頭いるんですよ!
数えてみましょう。
1頭め。
呂洞賓が乗っている大きな龍。
2頭め。
右上空に飛んでった小さな龍。
3頭め。
呂洞賓の左手のビンから出てきた龍。
4頭め。
同じく、もう1頭出てきてる。
ケムリみたいに見えますが、これは小さな龍なんですって。
ファンキーな絵ですよね。
スマホ首の現代人にはとても無理!な角度で上を向く呂洞賓。
スイーッとたなびく見事なひげ。
そしてその顔の表情!
自由の身になれてシュイーンと飛んでく龍。
足ピーン!と伸びてますね。
それに続く龍たち。
生没年は不詳と言われていますが、雪村は室町時代の生まれです。
ワイルドなタッチで激しい山水画を描いた雪舟も、このような破天荒な人物画は残していません。
まだまだ穏やかで真面目で堅い絵の時代です。
葛飾北斎ら江戸の絵師たちに先駆けて、こんなユニークな先輩画家がいたとは!
何か誇らしい気持ちです。
雪村、時空を自在に描くセンス!

・制作年:不明
・サイズ:22.1×31.8cm
・素材:紙本墨画淡彩
・所蔵:野村美術館(重要文化財)
・描いた時の雪村の年齢:不明
雪村といえば「呂洞賓図」がまず1番に紹介されることが多いのですね。
私自身は、こちらの「風濤図」もお気に入り。
というか、この構図が衝撃的すぎて初めて観た時はびっくりしました。
嵐や風や雨や、動きのある構図はのちに天才絵師たちがたくさん表現しています。
が、この船の位置の不安感!
斬新ですね!
大袈裟な波ではなく、繊細な線を描くことで船が海面で思うように進まぬ様子が、そしてナナメになった松の葉で風の強さが、見事に伝わってくるではありませんか。
描きこんでいないのに、絵から不安感が迫りくる。
昔の日本の絵はペターンと平面的なのが特徴で、時間の流れは止まっています。
そこに独特の魅力があるのですが、雪村の絵にはなにか西洋画っぽい奥行きとか動きを感じませんか?!
ところでこの落款印、可愛いですね。
長谷川等伯(1539-1610)
長谷川等伯。
桃山時代ー江戸時代の絵師。
能登国七尾(石川県七尾市)生まれ。
上洛してライバル狩野派を超えるため奮闘。
ものすごいバイタリティで京で名をあげ、成功を収めた。
等伯の有名作品「松林図」


・制作年:1593年以降?(不明)
・サイズ:156.8cm356.0cm
・素材:紙本墨画 六曲一双
・所蔵:東京国立博物館(国宝)
・描いた時の等伯の年齢:55歳以降?(不明)
2点ともに出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
等伯の心情を表すモノクローム
等伯の代表作といえば「松林図」。
水墨画の代名詞と言っても過言ではない超有名な作品です。
この作品の有名裏エピソードは、「下描きだったのじゃないか説」です。
有名な画家には、そういう作品が時々ありますよね。
(本人は失敗のつもりだった作品が死後、脚光を浴びたりするパターン)
仮に、下描きだったとしても、それは大した問題ではないと思います。
絵はなまものなので、その瞬間に描いたものは2度と再現できません。
最高の下図ができたからといって、たとえその形通りになぞったとて、その生きた瞬間は別物なのです。
そういった意味では、その生きた瞬間を作品にできたということなのかもしれません。
私は、人けのない早朝にそうっとわさわさと集まった「松の妖精」たちのような印象を持っていました。
たいてい絵の松はゴツく描かれるイメージですが、この絵の松は優しくシンプルでちょっぴり人間っぽく見えるからでしょうかね。(私には)
そして妖精たちを優しく見つめる左隻・右手奥の山。
何か哀愁と、この世のものではないような不思議な感覚を覚える作品ですね。
ちなみに、この「松林図」は毎年拝観できるチャンスがあります!↓
会期:詳しくは公式HPで
会場:東京国立博物館(東京都台東区上野公園13-9)
開館時間:9時30分~17時(入館は閉館30分前まで)
拝観料:一般1,000円/大学生500円
休館日:月曜日
狩野永徳(1543-1590)
狩野永徳。
桃山時代の絵師。
400年続いた御用絵師集団狩野派の中でも、最も優れ、多くの画家に影響を与えた天才。
時代の権力者に愛され城や御殿などに障壁画を数多く制作した。
永徳の有名作品「花鳥図」

・制作年:不明
・サイズ:?
・素材:紙本墨画 障壁画
・所蔵:聚光院 国宝
・描いた時の永徳の年齢:不明(24歳?)
永徳=狩野派代表・絢爛豪華
狩野派といえば、血族関係を中心とする画家集団として有名です。
永徳がリーダーとして活躍した頃は、信長や秀吉などが権力を振るう戦乱の世。
戦国時代の英雄、武将や権力者が好むような豪華な絵、富や名声を誇示するような派手でワイルドな絵が求められたのです。
それに見事に応えたのが永徳でした。
残念なことはひとつだけ。
永徳の得意とした障壁画は、権力者が富と権力の象徴として建てた城や御殿などに、直接描くもの。
その絵は、ほとんどが、城と共に戦火で消滅しまったのです。

キラキラで個性的、金箔や岩絵具を使ったド派手な作品のイメージが強い永徳ですが、意外!
藁筆を使用したりして水墨画も得意だったのです。
なんでもできるんです。
その水墨画代表作品が、父・松栄との合作聚光院の「花鳥図襖」です。
こちらは残っています!
墨だけで描かれるときは古き良き水墨画の味わいと永徳の豪気な個性が融合して、きっと斬新な絵を生み出したことでしょう。
(観てみたい・・!)
俵屋宗達(生没年不明・桃山時代)
俵屋宗達。
江戸時代初期の絵師。
生没年・出身他不明なことが多い。
京都の文化人・公家・町人などに支えられて町絵師から大出世した。
「琳派」の基礎を確立したとも言われている。
宗達の有名作品「子犬図」

・制作年:不明
・サイズ:各154.5×169.8cm
・素材:紙本墨画
・所蔵:個人
・描いた時の宗達の年齢:不明
宗達=風神雷神のイメージが強い人には意外かもしれませんが、彼はとても繊細で素朴な水墨画作品を描いています。
この子犬の絵は、「たらしこみ」という技術を使って描かれたものとして有名です。
子犬の輪郭線を描かず、面を塗っていくことで全体を表現しています。
宗達といえばたらしこみ。
たらしこみといえば宗達。
前提として、水がにじまない紙を使用すること。
まず薄い墨で描き、その上に濃い墨を重ねます。
紙ににじまないと、紙の上で墨はそのままとどまります。
ということは、きれいになじまないので墨が乾く過程で思わぬ面白い模様ができたりします。
それがたらしこみです。
子犬の図では、おなかの部分や、後ろ足の部分などに、墨が模様のような形となっているのがわかりますよね。
↓こちらの記事では「たらしこみ」の仕組みを詳しく解説
宗達といえば「風神雷神図」

・制作年:不明
・サイズ:各154.5×169.8cm
・素材:紙本金地著色
・所蔵:建仁寺(国宝)
・描いた時の宗達の年齢:不明
雷神様は、下に駆け降りる。
風神様は、横に走ってく。
よく見ると目線も少し違います。
左右それぞれ、独立した1つの作品としても成り立って見えます。
金の眩さでド派手なイメージが先行してしまいがちですが、さまざまな工夫がなされた作品ですね。
今でこそ画面からはみ出る構図はごく当たり前となっていますが、当時ははみ出して描かれた太鼓なんてこれがわざとだなんて誰も思わない、あれ?ミス?と指摘されても仕方がない時代でしょうね。
わざと極端に端っこに配置する。
風神雷神それぞれ違ったポーズで、アクティブな躍動感を表現している。
などなど惹きつけられる魅力がありますね。
また、この空間の使い方は水墨画のテイストを感じます。
とても有名なこの屏風絵ですが、作者が
「で、誰だっけ」
となりがちですね。
ここではっきりさせておきましょう。
たわらや そうたつ
俵屋 宗達
です!

俵屋って変わった名前だね

京都で「俵屋」という
絵のグッズ販売をするショップを持っていたのです
なぜ「誰だっけ」となるかというと、まずあまりにも有名すぎて作品だけが印象に残ってしまうこと。
そして、この風神雷神図は、有名画家によって模写されているからなんですね。
同じ構図の作品が3つあるということなのです。
その有名画家とは、
尾形光琳
聞いたことありますよね。
この次に登場します。
そしてさらに、その尾形光琳の風神雷神を模写したのが、
酒井抱一
聞いたことありますよね。
この方は今回は登場しません。
これで解決しましたね。
宗達は、光琳や抱一の憧れの存在でした。
この大胆な構図で描かれた作品にも「すごい!自分も描きたい!」と心を動かされたに違いありません。
風神雷神図は水墨画作品ではありませんが、宗達といえば!の代表作として紹介しました。
尾形光琳(1658-1716)
尾形光琳。
江戸時代の絵師。
京都の高級呉服屋のボンボンとして生まれた。
元禄文化を代表する、今でいうデザイナー。
優れたデザインセンスが持ち味。
「琳派」は、光琳の名から付けられた。
光琳の有名作品「竹梅図屏風」

・制作年:年頃(不明)
・サイズ:65.2×181.0cm
・素材:紙本金地墨画 二曲一隻
・所蔵:東京国立博物館 重要文化財
・描いた時の光琳の年齢:30代頃
光琳 “ザ・デザイナー”
尾形光琳、大好きです。
さて、金地ではありますが、墨の作品です。
竹の配置が完璧ですね。
濃淡も明確。
描きすぎず程よい余白でスッキリ無駄がありません。
静かな竹だけではなく、枝が暴れている梅を共演させていることで華やかさとアクセントが加わっていますね。
キラキラおしゃれ!のイメージがある光琳ですが、品の良い水墨画作品もあります。
ですが・・
ですが・・
水墨作品の建前がどこかへ飛んでいってしまうくらい、有名な作品があるため紹介せざるを得ない。

クリムトと見まがうゴージャスさ。
(クリムトは1862年生。光琳の200年後です)
梅の枝ぶりがめちゃめちゃかっこいいのですが、やはり中央を流れる川の紋様。
川の水さえグラフィック化するセンス。
これがあるから光琳だと言えましょう。
ちなみに、光琳の実家は高級呉服屋です。
おしゃれな感性は、一流の美術品を見ることで養われたのでしょうか。
クリムトの生涯を描いた映画を観たことがありますが、その中でクリムトの絵を見た子供が
「なぜ金なの?」
と尋ねるシーンがあります。
それに対してクリムトの姉(だったかな)はこう答えます。
「それはね、クリムトだからよ」
答えになっていないがそれこそ答えだな!
とその時感慨深かったのですが、もしこの「紅白梅図屏風」を見た誰かに
「なぜ川に模様があるの?」
と私が聞かれたとしたら
「それはね、光琳だからよ」
と答えたい。
伊藤若冲(1716-1784)
伊藤若冲。
江戸時代中期の絵師。
京都の青物問屋のボンボンとして生まれた。
独学で絵を描き始めた。
動物(特に鶏)・植物の細密な絵が得意。
彩色画だけでなく水墨画も逸品。
↓伊藤若冲の作品や生涯をこちらで詳しく紹介しています。
若冲の有名作品「玄圃瑤華」


・制作年:1768年
・サイズ:各28.2×17.8cm
・素材:紙本拓版
・所蔵:東京国立博物館
・描いた時の若冲の年齢:53歳
この作品は、拓版画と呼ばれるものです。
白い部分は版木で彫り込まれた凹部に当たります。
そこへ濡らした紙を貼り、表から墨を塗ると、凹部は白く残ります。
若冲自ら図柄を描き、版木を彫った作品だそうです。
「玄圃瑤華」の玄圃とは仙人の住む場所、瑤華とは玉のように美しい花、という意味だといいます。
伊藤若冲といえば、ド派手な彩色画かユニークな水墨画、どれをとっても見応えがあり美しく見事な作品ばかり。
今回はちょっと外した作品を紹介してみました。
版画でもそのセンスは見事に発揮されていますね!
「玄圃瑤華」引用・出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
若冲=動物好き・自然好きへの共感

若冲といえば今やもう大人気の画家なので、作品も多く知られているでしょうしエピソードなども有名ですよね。
私自身が若冲を知ったのはいつか思い出せませんが、虫や鳥や魚まで、動植物の自然の絵が多いことに共感を覚え、それ以来好きな画家です。
絵を観ていると、本当に純粋に「ニワトリが好きなんだな」「虫に興味があるんだな」というのが伝わってきます。
こだわりがハンパなくすごい。
その細密な絵は、描く時間はもちろん「観察」にかける時間も相当なものだったのではと想像します。
若冲の大きな展覧会を観に行ったことがあります。
有名なタイルの絵も来てたのですが、すでにあまりにも人気の時代だったので人が凄すぎてロクに観れやしませんでした。
この人の多さ・・・別に若冲が好きでもない人や有名だから来てみた〜という人がいっぱい来てるだろー!とぷんぷんしていましたね。
でも小さな展覧会でも、やっぱり好きな画家だと絶対観たいので人混みにめげず行っちゃいますね!
「花鳥図押絵貼屏風」出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
蘇我蕭白(1730-1781)
曾我蕭白。
江戸時代の絵師。
京都の商家生まれ。
同期に個性派の絵師が多い。
作風も本人自身の逸話も個性的で異端とされている。
蕭白の有名作品「蝦蟇・鉄拐仙人図」

・制作年:1760年頃(不明)
・サイズ:?
・素材:絹本墨画
・所蔵:ボストン美術館
・描いた時の蕭白の年齢:30代頃
蕭白=グロテスク?!
蝦蟇・鉄拐仙人図ですよ・・・
水墨画ではお馴染みですよ・・
左が鉄拐仙人。右が蝦蟇仙人です。
この2人の仙人がよくコンビを組んで1つの画題となっています。
蝦蟇仙人について以下、ウィキペディアより引用させて頂きます。
左慈に仙術を教わった三国時代の呉の葛玄、もしくは呂洞賓 に仙術を教わった五代十国時代後梁の劉海蟾をモデルにしているとされる。
ーwikipedia
特に後者は日本でも画題として有名であり、顔輝『蝦蟇鉄拐図』の影響で李鉄拐(鉄拐仙人)と対の形で描かれる事が多い。しかし、両者を一緒に描く典拠は明らかでなく、李鉄拐は八仙に選ばれているが、蝦蟇仙人は八仙に選ばれておらず、中国ではマイナーな仙人である。一方、日本において蝦蟇仙人は仙人の中でも特に人気があり、絵画、装飾品、歌舞伎・浄瑠璃など様々な形で多くの人々に描かれている。
中国ではマイナーだけど日本では人気の仙人が、蝦蟇仙人ということがわかりました。
カエルを連れているところがユニークだからでしょうか。
ちなみにこのカエル、「青蛙神」(せいあじん、ちんわせん)という名で3本足のヒキガエルの霊獣なんだそうです。
中国では大変縁起の良い福の神という立場だそうですね。
前足が2本、後ろ足が1本で、後ろ足はオタマジャクシの尻尾のように中央にくっついています。
絵をよく見ると、そのようになってます。
この図は、中国の絵画のジャンルで「道釈画」と言われるものです。
日本では鎌倉・室町時代に流行りました。
道釈画とは、道教や仏教に関係のある人物(仙人・観音など)を描いたもの。
水墨画の題材として多く取り入れられました。
曾我蕭白は、中国の仙人を数多く作品に描いています。
それのどれもがけっこうおどろおどろしくコワイ画風です。
この仙人たちがまだ可愛く思えるほどの。
が、蕭白の素晴らしいところは、人物をよく描いているだけあって、シンプルに上手い!
構図に余裕と安定感を感じるし、仙人の身体を見ると、ちゃんと人体の仕組みをわかってる描き方。
手や足のスジ、服の線など細部に至るまできっちり描かれていますね。
だから余計怖いのかも・・・!
円山応挙(1733-1795)
円山応挙。
江戸時代中期の絵師。
丹波国(京都府亀岡市)の農家の生まれ。
京都で中国画・西洋画を学び写生を第一に技法を磨いた。
京都画壇の中心人物として多くの弟子を育てた。
応挙の有名作品「龍雲図」


・制作年:1773年
・サイズ:タテ176.0cm×ヨコ365.0cm
・素材:紙本淡彩 六曲一双屏風
・所蔵:個人
・描いた時の応挙の年齢:40歳
非の打ちどころがない
応挙の絵について語るとき、人は2パターンに分かれるようです。
秀才型だが優等生でつまらないという人。
天才型で最高に上手いという人。
どちらも共通するのは、絵師としての技術が最高であるということ!
つまらないなんて決して思えませんが、写生を第一に考えていたというエピソードから私も、応挙は努力を重ねて着実に技術を身につけていったのだ、というイメージがありました。
でもこの龍図を観た時にガーンときて、そんなこと(何タイプなのかという議論)どうでもいい!と思えました。
そのくらいこの龍が完璧すぎたからです。
素晴らしい龍の作品はいっぱいあります。
けれど、ドドドドドドと龍が雲を突き抜けて空を駆ける「音」が聞こえた絵は、この応挙の龍が初めて。
ほとんどの龍は「絵」ですがこの龍は「アニメーション」のようです。
これは、私のボス(母)も同意見で、
「龍の絵を描く時にはまず応挙の龍を見よ」
というのは、我が家の家訓となっています。
長澤蘆雪(1754-1799)
長澤蘆雪。
江戸時代の絵師。
京都の武士の家に生まれた。
応挙の弟子として最も有名だが、師とは作風が異なり、大胆で奔放、個性的な独自の作風を確立させた奇才。
蘆雪の有名作品「虎図」

・制作年:1786年
・サイズ:左四面115.5×183.5cm 右二面87.0×180.0cm
・素材:紙本墨画 襖(六面)
・所蔵:無量寺(和歌山)
・描いた時の蘆雪の年齢:32歳
蘆雪=構図の遊び心!
とても嬉しいことにこの襖絵を観たことがあります!
蘆雪、大好きです。
虎図、大好きです。
日本中の絵師が虎を描いてきましたが、私は蘆雪の虎がいちばん好きです。
なぜ蘆雪のこの虎に惹かれるのか答えがわかりました。
それは、「けものぐち」のかわいさです!
↓「けものぐち」とは何?うさぎを使って解説しています
この虎の全身を見てみましょう。
虎はネコ科の動物ですが、ネコらしいしなやかさと俊敏さ、そしてキュッと抜け目のなさそうな鋭い目にピンと張ったヒゲ、くるりと巻いたしっぽ。
蘆雪の虎は何か獲物を見つけたのかヒュンと体を伸ばし、後ろ足を踏ん張って
前足で・・・・
ん?
この前足。
何本でしょうか?
私は左足1本だとずっと思っていました。
後ろ足は2本で踏ん張っている。
前の右足は伸ばした体の陰に隠れているのかと。
グン!!と前に飛び出してくる視覚効果を狙って、後ろ足よりずっと太いでっかい足でインパクトを強くしたのだな、と思ったんですね。
でも改めてじっくり観察してみると、グッと前足を2本揃えているようにも思えてきました。
それになんといっても、虎のお顔です。
可愛さと生意気さとほんのりとした品の混ざり合った、いいお顔。
迫力にはやや欠けるのですが、その軽妙さが持ち味。
蘆雪ならではの個性と魅力なのですから!
まとめ
10人の絵師による有名代表作品を紹介しました。
雪舟の時代から、水墨画のスタイルもずいぶんと変化しました。
絵画というジャンル自体が、色々なものの影響を受けて滅びゆくものもあり、発展するものもありいつの時代も面白いものだと思えます。
古いものも良いし新しいものにも興味があり、ですね。
年代が少しずつ交差した今回の絵師たち。ライバルとして戦ったり憧れとして学んだり。
同じ絵を描くもの同士、お互いに切磋琢磨できることって素晴らしいしうらやましいです。
もしもあなたが、誰かの絵を学べるとしたら
どの絵師につきたいと思いますか?
現代は、とても身近に動画で水墨画が学べる時代です。
しかも無料ビデオ講座だから、思いついたらすぐ、です。
作品を鑑賞するだけでも楽しいですが、
実際に筆を持ってみると
水墨画の見え方は少し変わります。
「この線はどうやって描くのかな」「墨の濃淡はどう作るのかな」と、自分の手の感覚と結びついてくるからです。
はじめての方は、難しい名画に挑戦する必要はありません。
まずは筆や墨にふれて、小さな線や濃淡を楽しむところから始めてみてください。
無料ビデオ講座では、水墨画の基本を初心者の方にもわかりやすく実演で紹介しています。
水墨画の世界を、自分の手でも少し体験してみたい方へ。無料ビデオ講座をお届けしています。↓
















I have an ink painting by Japanese painter 宇佐美. Do you know anything about it?
Sorry.
I couldn’t find any details beyond the name(宇佐美) information.